2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2011.05.13 (Fri)

「ナウシカ」のような気高き原子力専門家

福島第一原発の燃料棒の大半溶解という背筋が凍り付くようなニュースが流れました。
燃料棒のほとんどが溶け落ちたのに放射性物質の大量放出の事態を回避し、底にたまって冷却が続いているということは、ほんとうにいくつもの奇跡が重なったとしか言いようがありません。
今回はまさに奇跡的に、そして一時的に最悪のシナリオ回避できたけれども、今後の事故収束の度合いによっては、チェルノブイリ原発事故を超えるかもしれないほどの深刻さを呈する可能性があるということですよね。

以前、知るのは怖いけど……でも知りたい!という記事で、40年間にわたって原発の研究をなさってきた京都大学・原子炉実験所 小出裕章先生のことを書いたことがあります。
「原子力の専門家」という人たちというのは世の中にたくさんいて、毎日ものすごい数の「専門家」が情報を発していますが、私が絶対的な信頼を寄せているのは小出先生を含め、ごく数人です。

小出先生は、非常に冷静で、かつ科学的に原子力について語ってらっしゃる数少ない専門家のおひとり。
決して、誰かを攻撃したり非難したりせず、あるがままの事実を受け止め、その事実を良い方向に向けていくにはどのような考え方ができるのかを示すような話し方をなさいます。
「キケン、キケン、キケン」と危機感をあおったり、「こうしろ」「あれはダメ」という「自分に従いなさい」的な言い方はなさらず、むしろ、小出先生の言葉を受け止める私たちが「主体的に思考し、選択する」をすることをを求めてらっしゃいます。

私は個人的にですが、激情的な論調や断定的な言い回しで語られると、たとえそれが正しくても、「ちょっと待って!」という気になります。
というのも、特定の誰かの言葉を「神託」であるかのように尊重して、その言葉にのみ依存し、それによって自分の行動を決めていると、その人の言葉にブレがあったり、疑念が生じたりすると、その時に自分の価値基準の土台ががらがらと崩れてパニックに陥りがちですから。
ゆえに、「主体的に考え、選択する」ということは自分の生活を安定させるためにも非常に重要だと私は思います。

これは、ムスコのアレルギーと向き合うにあたり、「理想の治療とは?」と考えながら、たくさんの医師たちと接して感じたことでもあります。
「プロであるオレの言うことに従っていればいいんだよ」という態度の治療法よりも、「母親は子どものことを医師よりもよく知っているのだから、お母さんが『ホームドクター』になってくださいね」と患者が主体的に治療にかかわる方針のほうが、より母親は子どもを観察するようになりますし、多角的にアレルギーを考察するようにもなっていき、自分の生活環境に合った改善の糸口を見つけやすいように思いました。
アレルギーと原子力を同列にして語るなと叱られてしまいそうですが、どちらも「より良く生きる」「命のことを考える」という点で同じだと私は考えています。

そうしたこともあり、現実に即し、可能な限り公平な視点で発言なさっている姿に深い敬意を感じますし、決して理想論に走らず、価値観を押し付けることもなく、うわすべりしない小出先生の言葉は心に響きます。

私が一日に何度も見ているサイトに、小出裕章(京大助教)非公式まとめというものがあります(←更新のスピードが早いというよりも、すごい情報量なので毎日少しずつ読み、また、以前読んだものを読み返したりしています)。
このサイトには小出先生がご出演なさったインタビューの動画だけでなく、インタビューの書きおこしなどもあり、とても勉強になります。
そして2日前、このサイトで小出先生が「シニア決死隊」に志願なさったのを知り、言葉を失いました……。

ご存知の方も多いと思われますが、福島原発暴発阻止行動プロジェクト、通称「シニア決死隊」と呼ばれている活動があります。
福島第一原発の事故収束のために、そして日本の未来のために、若い世代と違って放射性物質の感度が落ちるシニア世代のエンジニアたちが作業に協力しようというものです。
このプロジェクトのことを知ったのは1か月ほど前のことなのですが、過酷な事故現場に入り、誰に強制されたわけでもなく命がけで作業しようとするボランティア活動に頭が下がり、有り難くて、申し訳なくて、ただただ涙が溢れてきました。

言葉にできない感謝の気持ちを込めて、ほんの少しずつなのですが、福島原発暴発阻止行動プロジェクトの活動資金のカンパを行っています。
具体的な作業については決まっていないそうですが、でも、ここまで切羽詰まった危機的状況であることを周知させるための啓蒙活動は非常に意義のあることだと思いますから。

5/10インタビューの中で小出先生は「私は原発を推進してきたわけではないけれど、原発にかかわってきた者として、福島第一原発の事故にはやはり責任があると思う」と「シニア決死隊」に志願なさった理由をお話になっていました。

また、事故収束の長期化は避けられないため現場作業員の数は絶対的に不足していること、すでに作業員の不足から日雇い労働者が知らずに原発作業をさせられるなどの深刻な問題も発生していることも危惧なさっています。

本人のあずかり知らぬところで健康リスクや命が軽々しく扱われてしまいかねない状況というのは、絶対に許容してはいけないことですよね。
作業員のことも、福島県民のことも、近隣県のことも、そして空・海・土の環境全体が著しく悪化していることも。

そして、政府やご用学者たちが「人体にただちに影響を与えるものではない」としか言わない姿勢も、命を軽視するのと同義です。
大変な時だからこそ、原発事故に関する情報は隠蔽されるべきではなく、不利な情報であっても、しっかりと公開されるべきだと思います。

魂を失った「専門家」がはびこる中、小出先生の存在はほんとうに、ほんとうに貴重です。
「シニア決死隊」として小出先生が福島第一原発の作業に入られるのは心強い限りですが、「もし何かあったら?」と非常に不安でもあります。

正直に言えば、小出先生よりもむしろ、これまで原発は安全だと言い続けた「専門家」たちに行ってほしい……。
でも、きっと、保身に走らず、冷静さを失わない小出先生のような方でなければ、役には立たないのかもしれないですよね。

別なインタビューで小出先生はこうおっしゃっていました。
「僕が生きていることは、大きな地球の歴史の中から見れば、本当に瑣末なことと思うんですね。でも僕は僕で生きている。それは消すことのできない事実としてあるわけだから、僕はせめて消すことのできない事実があるなら、自分の好きなように生きたいと。それがどれだけ価値があるかどうかは何の関係もなくて、自分が思うように生きたいという、それだけです」

小出先生の言葉を聞いていると、私の大好きな宮崎駿監督のアニメ風の谷のナウシカの主人公ナウシカが目の前に浮かびます。
発達した文明におごりたかぶった人類が、取り返しがつかないほどに環境を破壊してしまい、清浄な空気も住む場所すらも失ったという設定の中で展開するストーリーなのですが、「その者青き衣をまといて金色の野に降りたつべし。 失われた大地との絆を結びついに人々を清浄の地にみちびかん」という伝説の人物として語られているのがナウシカなのです(←ナウシカは少女ですけど)。
私にとっては小出先生が、非常に純粋な目で自然と科学を見つめている「使徒」のように感じられてなりません。

福島第一原発事故に関連して、何が本当なのか、何が良いのか、判別しがたい状態が続いています。
これからも混沌とした状況が次々と生じるでしょう。

だからこそ私は、小出先生やシニア決死隊に志願なさった60人もの方々の高い志を感じながら、「あの時、こうしていればよかった」と後悔しないよう、その時々に精一杯考え、自分なりに最善と思う方向を主体的に選びとりながら日々を過ごしていきたいと思っています。

今、何をすべきかは、誰かが手取り足取り教えてくれるものではなく、自分がどう生きていきたいかを考えることによって導き出されるはずです。

お互いに、愛する人たちとともに、一日、一日を大切に、丁寧に過ごしていきたいですね。
愛しさを感じながら一瞬一瞬を過ごしていくことで、未来はきっと輝きを取り戻すと信じながら。

悔いのない「今日」を積み重ねていけますように☆
スポンサーサイト

テーマ : アレルギー・アトピー - ジャンル : 育児

12:00  |  セルフケア  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

Comment

小出先生。

本当にそうですね。

うんうんと思いながら読ませてもらいました。
いろいろ。

原発のこと、テレビで伝わってくることしか知らなくて、そらちゃうやろ、と思っても、何がどう違うのか、また、なぜそういう違いが生じてくるのかさえわかってない自分にとても やりきれない思いで、この数カ月過ごしています。

いろいろ講演を聴きに行ったりもしますが、やはりそれでも、真実はわからないなと。

偉い人や、偉い人を批判する、一見もっともらしいひと、政治的な批判も含めて、「そっか~」と一瞬知らないことを知ったときには思いますが、はたして、それが「真実なのか」と。

まさに、書かれているように、アレっこを通して、知らぬ間に学んでいる、疑ってかかることで見えてくるものを探しているのかもしれません。

目の前に差し出された血液検査の数値は低くてもアナフィラ起きる子供に、また数値高くとも食べられる子供に
「そんなことが医学的にあるはずがない」と言われても、実際あるのですから。ねえ。。

疑うというと、上からのような書き方になりますけれど、そうじゃなくて、見る部分、感じる部分を自分にしてみるということなのでしょうね。

と・・・いままで自分の中でまとまらなかった想いをここを借りて書いてしまった・・ごめんなさい。

知り合いが、You Tubeに、原発のお話を聴いたものを講師の先生の許可を得てアップしています。
知り合いの許可がとれたら、私も書きたいと思っています。またよかったら読んでみてくださいませ。
くるみあちゃ |  2011.05.16(月) 23:08 | URL |  【編集】

くるみあちゃさんへ

> 原発のこと、テレビで伝わってくることしか知らなくて、そらちゃうやろ、と思っても、何がどう違うのか、また、なぜそういう違いが生じてくるのかさえわかってない自分にとても やりきれない思いで、この数カ月過ごしています。

くるみあちゃさんに私も心から同感です!
テレビを見ても、講演会を聞いても、本を読んでも、やっぱり「わからない」って私も感じます。

「じゃあ、どうしたらいいの?」と誰かに聞いて「正解」を与えてもらえるわけではなく、各自それぞれがさまざまな点から考えていかないといけないということなのですよね。
限られた情報しか与えられず、でも、「安全です」「人体に影響はない」という言葉ばかりを聞いていると、「これだけの大災害でそれはないだろう!」と思いますが、それがどのように影響を与えていくかとなると、チェルノブイリ原発事故の追跡調査もまともにされていなかったからわかりませんし……。
とはいえ、現実的にガンや白血病の発症率が高まっているということは現地ではあるわけですし……。

子どもたちの未来の健康のことを思うと、不安がどんどん高まりますよね。

> 目の前に差し出された血液検査の数値は低くてもアナフィラ起きる子供に、また数値高くとも食べられる子供に
> 「そんなことが医学的にあるはずがない」と言われても、実際あるのですから。ねえ。。

まさに、まさに、まさに!!!!
そこなんですよね!!
数字に出るから存在するのではなく、数字に出なくても存在することもある、という現実に日々触れている私たちは、ただ「人体に影響はない数値です」と言われても安心なんてできないですよね。

実は私、ある病院に行ったついでに、そこのお医者さんに「内部被曝をどう考えておられますか?」と聞いたのです。
するとその方はしばらく考えた後、「私たちは介助が必要な方についてレントゲン室に入ったりしますから、かなりの放射線を浴びています。今、騒がれている数値は私たちの仕事で受ける放射線量に比べたら少ない数字だと思います」と言われ、びっくりしました。
医療従事者と一般人、それも子どもと一緒に考えちゃいけないだろう、と。
命を守る立場にいる職業の方だから、もっと違う答えを無意識に期待していた自分がいたのですが……。

外部被曝に関しても、内部被曝に関しても、年間被曝限度量にしても、放射性物質で汚染された食品についても、「子どもの健康リスクを下げるためには」という視点が欠けているように感じます。

> 知り合いが、You Tubeに、原発のお話を聴いたものを講師の先生の許可を得てアップしています。
> 知り合いの許可がとれたら、私も書きたいと思っています。またよかったら読んでみてくださいませ。

ぜひぜひ、教えてください!!
「くるみあちゃさんが聞きにいっておられたのはこれかしら?」と思いつつ聞いた小出先生の講演もありました。
くるみあちゃさんの記事、楽しみにしています。

えららん |  2011.05.22(日) 11:56 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://atopiclife.blog22.fc2.com/tb.php/894-289d4719

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |