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2016.12.19 (Mon)

思い出の言葉

もう7、8年前の話です。

ムスコの食物アレルギーとアトピーと喘息で睡眠時間が充分にとれず、髪はばさばさ、スッピンで喪服を着て、話すのも億劫なほどヘロヘロになりながら親戚のお葬式に行ったことがあります。

「どうしたの? 大丈夫? いつも身ぎれいにしていたのに」と心配して質問攻めにする叔母たちの中で、ひとりだけ父の姉であるおばちゃんが「いいのよ〜、キレイな人は何もしなくてもいいの」とのんびりした口調でにっこり。
叔母たちは気勢をそがれたように顔を見合わせ、その後はむかし話になりました。

おばちゃんは、強い言葉を発することもなければ、人の悪口も言わず、芯の強さがありました。
親戚たちがやいのやいのと彼女の子どもたちについて言われた時にも、「いいのよ〜、子どもは育てたように育つんだから。私は、こういうふうに育てたくて育てたのよ」と迷いのない、まっすぐな笑顔。
良いところも悪いところも含めて、丸ごと子どもを認めているおばちゃんの受け答えを聞いていた時、私も「ありのままの自分でいいんだ」と、子どもながらにホッとして、嬉しかった覚えがあります。

おばちゃんの日頃の言動から、声高に心配だ、と言うのではなく、ただただ黙って見守ることで相手の心の中に染み込んでいく愛情があるのだと教えてもらったような気がします。

おばちゃんは夫を早くに亡くし、子どもたちを女手一つで育てた苦労人ですが、穏やかな性格で面倒見が良く、私は子どもの頃からずっとお世話になっていました。
そのおばちゃんが亡くなったという知らせが昨日、ありました。

子どもだった私が自分の子どもを育てるようになったのですから、幼い頃から可愛がってくれた大切な人との別れが訪れるとしても、それは仕方のないことではあります……でも、とても淋しいです……。

春に父が、夏には母の弟の叔父が、そして昨日はおばちゃんが亡くなりました。
死を身近に感じることが多々あった今年、母にはずっとずっとずっと長生きしてほしいと切実に思っています。

ああしていればよかった、こう伝えたかった、と、父の時も叔父の時も思いましたが、おばちゃんの訃報を聞いた今も「おばちゃんの言葉にいつも励まされていたよ。ありがとう」と言えばよかった、と後悔しています。

大切な存在がいなくなると、スポンと自分の心の一部が抜け落ち、麻痺してしまったかのようになってしまうということを知った年でした。

そして、ムスコにアレルギーがあったからこそ知った心の動きもあります。
悪いことばかりじゃなく、かといって、良いことばかりじゃなく、悪いことも良いことも全部ひっくるめて自分の考え方/受け止め方次第であり、どこかの一面の一か所だけを見て自分を責めたりしてはいけないし、どん底の気持ちになったとしても、それでもなお一筋の光明を探して身悶えしながら悩んでいるのだとしたら、深く考えている自分も、解決策を探している自分も等しく認めてあげないことには、一歩も前に進むことができないのだと感じました。

結局、アレっ子生活の中で私が気づいたことは、自分が身動きできない時、しばりつけているのもまた、自分の心だということでした。

「あの時、こうしていれば」というぬぐい去れない気持ちは山ほどありますが、それはそれで過去のことと思って乗り越えていかないと、未来は開かれていきません。
どんなに後悔している過去であっても、過去から未来への芽が芽生えるのですから、それをどんなふうに育てるかは自分の心次第ですよね。

毎日バタバタしていて、あっという間に時が過ぎ去って行くので、忙しいからこそ、後回しにせず、その時々で感謝の気持ちや自分の気持ちを伝えていきたい。
何回でも、何十回でも、何百回でも「ありがとう」と言いながら、家族や友人、このブログでつながっている大切な人たちとの大切な時間を過ごしていきたい、と思っています。

いつもありがとうございます。
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テーマ : アレルギー・アトピー - ジャンル : 育児

12:00  |  食物アレルギー  |  コメント(0)

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