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2012.02.29 (Wed)

ムスコの切ない「事件」

*お知らせ*

いつも遊びに来てくださり、ほんとうにありがとうございます♪
このところ、私事で非常にバタバタしており、いつもにもましてコメントへのお返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。
みなさんへのお返事を書き終えましたので、よろしければご覧になってください。

みなさんからいただくコメントを拝見するととても嬉しく、また励みとなっています。
心を込めて書いてくださったおひとりおひとりの方を思い浮かべ、教えていただいたエピソードなどを思い出したりしながらお返事を書くのも、私の楽しみにひとつです。

しかし、このところずっと悩んでいたことがあります。
私はホメオパシーの勉強をしていて春から学校の4年生となるため、これまで先送りにしていた課題に忙殺されていて、どんなに時間があっても足りない状態です。
また、ムスコは来年の春に小学校に入学するため、その準備で非常にバタバタしています。

これまでずっと、みなさんとコメント欄を通じておしゃべりできるのをとても楽しみにしていたため、なんとかコメント欄を残したままにできないか、と頑張ってきたつもりではあるのですが、お返事を書くのに時間がかかってしまい、みなさんをお待たせする罪悪感も感じていました。

私のキャパシティが小さいため、もういっぱいいっぱいで、今後さらにコメントのお返事が難しい状態になってしまいそうです。
つきましては、とても残念なのですが、しばらくの間、コメントの受付をお休みさせていただくことにしました。

私の都合で誠に恐縮ですが、ご理解いただきたく、よろしくお願いいたします。

**********************************

先週のことです。
成長目覚ましい子どもたちの集団生活というのは難しいなぁ、と実感する「事件」がありました。
私が漠然と、「いつか起こるんじゃないか?」と思っていた「事件」でした。

ある日のこと、ムスコが寝る前に急に話し出しました。

「あのね、まえに、おいもにゴマかかってるのでたでしょ? あのとき、ボクのにはゴマがかかってなかったんだけど、『ゴマ、たべて』っていわれた」

はっ? え? どういうこと? 事情がよくわからないんですけど(←頭の中が真っ白。焦りまくり!)

「ボク、Aくん(ピーナッツアレ)とBくん(卵アレ)とCくん(ノンアレ)とたべてたの。そしたら、みんなが『ゴマたべて、おねがい!』って、なんどもいって、Bくんはボクのくちのところにゴマをもってきて『ひとくちだけでいいから、おねがい。ほんとに、おねがい!』って。AくんもBくんもアレルギーのくせに! それに、おみずにゴマ1つぶ、いれられた。ゴマ、アレルギーなのにさ」

ムスコは、それはそれは悲しそうな顔で、でも口調は憤慨しているような強さ。
感情を抑えながら話している姿は、見ていて胸が締めつけられるような切なさでした。

ムスコが言っているのは大学芋のこと。
保育園ではアレルギー対応として、ゴマをかけずに出してもらっています。

大学芋がメニューに出たのは、ムスコが私に話してくれた一週間前のことでした。
「事件」の当日に話してくれたわけではありません。

おそらく、ムスコは大きなショックを受けたのでしょう。
無意識のうちにムスコは、心の傷を癒すためにしばらくその記憶から遠ざかっていて、ショックが落ち着いてきてから私に報告してくれたものと思われます。
つらいことがあった時、大人でもそれを思いだすことを避けようとしますもんね。

保育園では食物アレルギーのある子が同じテーブルにつくというルールがあるわけではないのですが、たまたまムスコの仲良しさんたちには食物アレルギーがあります。

Aくんは年中クラスから転園してきたのですが、ずっと保育園で除去食を出してもらっています(←保育園が最初から除去食対応しているということは、おそらく、食アレであってもアレルギー反応は軽度だと推測される。ちなみに、ムスコが対応してもらえるようになったのは入園2年後)。

Bくんは赤ちゃんクラスからずっと一緒の子で、以前は乳アレもありましたが、入園当初から除去食対応をしており、今は解除になっています。
給食のケーキなどのお菓子は食べているので、卵アレも軽度です(←ママが「もう解除してもいいんだけど」と言っていた)。

おそらく、ムスコにとってショックだったのは、ゴマを食べさせられそうになった事実ではありません。
同じアレルギーっ子で、自分の気持ちを一番良くわかってくれるはずの2人が自分のアレルゲンを食べることをふざけて強要したというのが、たまらないことだのではないかと私は推測しています。

同じ食アレさんなら自分の気持ちをわかってもらえると思っていたのに、そうではなかったという現実の重さ。
お友達にとってはふざけてやっていたことであっても、ムスコは非常に当惑していたと思います
その時のムスコの気持ちを想像すると、胸がぎゅっとしめつけられるようです(号泣)

ムスコは話終った後、悲しみをたたえたような眼をしているように見えました。
私は「えらかったね。よく頑張ったね」と繰り返しながら、ギューッとしつづけました。

ゴマを食べさせられそうになっても、食べないで拒否し続けた「勇気」。
そして、他の子たちに対して感情をぶつけるような行動をせずにいられた「我慢」。
お友達に当惑するようなことをされても、先生にいわないでかばおうとした「友情」。

ムスコの頑張りに大きな拍手を送りたい気持ちでいっぱいです。
5歳の子どもにとっては難しいことだったと思いますから。
ムスコのけなげさに涙が出そうでした。

子どもたちが年少クラスの時には、「もめごと」があるとすぐに「せんせい~」って泣いてすがるような感じだったのに、年中クラスになってからはお友だちとの「もめごと」は自分たちで解決し、先生に報告しないことも多くなってきたようなので、ムスコも遊びの中での「もめごと」と同じように処理しようとしたようです。
自立心の芽生え、プライド等々、いろいろな思いがあったんでしょうね。

しかし、遊びの中で起こることと、命にかかわることでは、まったく「もめごと」の質が違いますよね。
なので、ムスコには「今度、同じようなことがあったらお友だちに『やめて!』と言い、すぐに先生を呼びに行く」という約束をさせました。

ムスコは「でも、たべているとき、おせきをたったり、あるいちゃいけないんだよ」と困った顔。
そうだよねー、食べている間は歩き回っちゃいけないよって、保育園でも家でも言われているんだもんね。
やってはいけないことが、いきなり、やりなさい、って言われるなんてヘンだよね~
「普通の時」と「緊急の時」と状況によって正反対に変わってしまうようなことをなかなか理解できないよね。

ムスコは決められたルールにはしっかりと従うし、こうと決めたらそのとおりにしたい子なので、その生真面目さが良い時もあり、悪い時もあります。
食物アレルギーには「柔軟な対応」というのが不可欠ですよね。
ムスコにもルールだけにとらわれない考え方も学んでほしいなぁ、と思っています。

なかなかムスコは納得できないようだったのですが、いろいろな例を出しながら、「食物アレルギーは苦しくなったり、気持ちが悪くなったり、お腹が痛くなったりすることがあって、すぐに病院にいかないといけないこともあるから、先生に早く教えないとダメなこともあるんだよ。そういう時は席を立って先生のところにお話しに行ってもいいんだよ」と説明すると、やっと「わかった!」と言ってくれました。

また、ムスコに「このことは先生とお話して、お友だちと食べる時のお約束についてお話してもらうね。困った時には席を立って先生に言いに行く約束のこともお話するね」と言うと、「うん、せんせいに、おはなししてもいいよ」と言い、自分だけでなんとかできることではない大変なことなんだと、改めて認識したようでした。

この件では、誰も悪くはないんだと思います。
子どもたちには子どもたちなりの「言い分」があるんだと思うんです。

ムスコに「一口だけでも食べて」と言った子は、親にも先生にも「好き嫌いはダメよ」と言われ、「一口でいいから食べてみて」と言われ、嫌いなものでも頑張って食べているんでしょうね。
親の言いつけを守り、それを実践している子どもたちの頑張りは評価してあげないといけないことですよね。

それに、ムスコは食べている時におしゃべりし続ける悪いクセがあります。
給食の時間にみんなでお話しているうちに楽しくなって盛り上がり、みんながムスコに「たべて、たべて」って言って、ふざけはじめてしまった、ということもあるのかなぁ、とも思います。

ムスコから話を聞いた翌日、すぐに担任と話をしました。
もちろん、ムスコの食べるマナーが悪いことをまず謝り、クレームではないことを明確にして話をスタートしました。
クレームだと思って萎縮されたり、園全体を巻き込んでの大騒ぎになってしまうと、それはそれでムスコの気持ちも私の気持ちもきちんと伝わらなくなってしまって、むしろ、さらに悲しいことになってしまいますから。

具体的な名前を出して報告をすると、担任は非常に驚き、「ムスコくんには食物アレルギーがあるから、絶対に、食べ物を渡したり、身体につけたりしちゃいけないよ、と説明しているのですが。なぜそんなことになったのかはわかりませんが、申し訳ありません」と謝罪してくれました。

担任にお願いしたのは以下のことです。

1)給食は子どもたちが食べるマナーを学び、食の大切さを知る大切な機会なので、子どもたちが好き勝手にふざけながら食べるようなことはしないよう今までよりも目配りをお願いしたい。

2)食物アレルギーのアレルゲンを避けることと、食べ物の好き嫌いは違うものであり、アレルゲンを食べることで重篤なアレルギー反応が出かねないので、食べないのはムスコのわがままではなく、体が受け付けないからだということを子どもたちに説明してほしい。


今回はムスコが数粒は食べられるゴマだったからまだよかったけど、これがもし卵白だったら軽度なアレルギー反応ではすまず、保育園にも迷惑がかかるし、子どもたちもびっくりするようなアレルギー反応が出るということも何度も説明しました。

先生は翌日の給食の時、子どもたちに食物アレルギーがあるムスコには、決して食べ物を食べさせようとしたり、いたずらしたりしないようにと話してくださったそうです。
子どもたちは真剣な顔で聞いていたとのこと。
今までよりも食事中のムスコに気を配ってくださることになりました。

子どもたちがみんなで一緒に食を楽しむこと、他の子と積極的にかかわろうとすることは社会性が芽生えてきた証ですし、大人の言動を忠実に模倣することも成長の証。
ハイハイすることすらできない赤ちゃんの時から私が知っている子どもたちが、たった4,5年の月日の中で、いろいろなことを吸収して、豊かな心を培っているのを知るのは感動的ですね。

しかし、どんなことでも「程度」や「ルール」というものがありますよね。
そして、その「程度」や「ルール」が理解できていない子どもたちには、家では親が、園では先生方が「これはいいけど、こっちはダメよ」とその場、その場で教えてくださる必要があると思います。

家で親が子どもに教えること、園で先生が子どもに教えること、家庭と保育園の両方でさまざまな側面から子どもたちに社会性や感受性や思いやりなどを伝えていくことで、子どもが安全に楽しく過ごせるのだと感じます。

子どもの心身の成長のためには、たくさんの大人たちが厳しさと愛情をバランス良く持って関わることが大切なんだなぁ、と改めて感じました。
親は叱りすぎてしまったりするし(←私のことです)、おじいちゃん・おばあちゃんは甘やかしすぎてしまったりするし(←私の両親です)、園の先生は子どもの数が多くてみんなに均等に接することは難しいでしょうし(←あくまで私の推測です)、それぞれがそれぞれに立場で、子どもに対するさまざまなかたちの愛情を注いでいけるといいですよね。

保育園だとクラスごとに先生の数が多いからまだいいけれどけれど、小学校になったら基本的に担任1人だし、自分の身は自分で守らないといけなくなりますよね。
心も体も自立し、かつ思いやりを持って集団生活を営めるよう、ムスコをサポートしていきたいと思いました。
保育園だと「おふざけ」だったものが、ムスコや私の捉え方如何で「いじめ」に感じられたりする危惧もありますので、毅然としていられる精神の強さも育てたいです。

なにはともあれ、ムスコが食のことで切ない思いをしたからこそ、食で楽しい気持ちにさせてあげたいなー。
悲しい記憶が心の奥底に残ったままになっていて、それが何かのキッカケでトラウマのようになってよみがえってきてしまうと悲しいですから。

ということで、夕食後、ムスコに「一緒にクッキーを作って、食べよう♪」と提案。
ムスコは「やるやるぅ~、たべるぅ♪」と大歓び。

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レシピはボウロのような口溶けのカボチャクッキーをアレンジしています。
黄色がカボチャ、白が杏仁霜、緑が桑の葉の味になっています。

手前の赤紫色のクッキーは、サクサク粉で生地を作り、無理矢理絞り出してみました。
ちょっと固めの食感で私が「いまいちかなぁ?」と首をかしげていたら、「うーん、あまいね♡ このぜんぶのなかで、いちばんあまい。ダイジョウブ、ダイジョウブ、ちゃんとクッキーのあじだよ」とムスコに慰められました(笑い)

食べることは楽しいこと。
人と一緒に食べることは幸せをわけあうこと。
作ってもらうことは愛情をいただくこと。
食を通して、ムスコの心身がさらに成長していってくれることを願わずにはいられません。

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テーマ : アレルギー・アトピー - ジャンル : 育児

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