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2011.04.29 (Fri)

4歳のムスコに訪れた大きな変化♪

昨日、福島県に住む義妹から嬉しい連絡がありました。
脱原発の活動をしている田中優さんの講演会を行ったところ、300人以上の人が来てくれたそうです。
私のブログを見に来てくださった方々、私のブログの拡散を手伝ってくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました!

公演間の告知期間はたった4日間。
それなのに、大勢の人たちが「私も何かしなくては!」という気持ちで集まったということは、「もう、自分たちの命に無関心ではいられない」ということなのだろうと思います。

定期検査で運転を止めている浜岡原発3号機など原発11基 再開の見通し立たずという報道がありました。
しかし、日本にある原発54基のうちの5分の1以上が再開の見通しが立たないという状態は前代未聞のすごいこと。
原発の地元の人たちが「このまま再稼働では安心できない」としっかりと意思表示し、地域の行政も「現状のままでの再稼働は認めない」と強い姿勢の表れですよね。

そりゃあ、今までのようにたれながすように電力を使ったら足りないかもしれないけれど、代替エネルギーについて法整備を行うと同時に研究を進め、みんなが不要な電気を見極めて使わなくするライフスタイルになれば、それなりに需要と供給のバランスがとれるようになるのではないかと私は思います。

3.11大震災の前には感じられなかった、少しずつ変わろうとしている日本。
民間から変化の胎動が起こり、政府や行政はそれにひきずられるようにして変わるのでしょうね。
どんな過程を経るにせよ、私たちが安心して暮らすために、そして原発事故で落ち込んだ経済や、国際社会からの信頼をとりもどすためにも、日本は大きく変わらなくてはならないですよね。

そして、我が家の4歳のムスコにも変化が訪れました。

トイレの電気を消し忘れていると「トイレのでんき、ついてますよ~。だーれでーすかぁ?」と言いながら消す。
私がトイレに入る時に電気と換気扇をつけると、「おかあ、ウンチ? ちがうなら、なんで、かんきせんつけたの? おしっこのときは、でんきだけ。わかった?」と節電指導(笑い)
駅ではそばにエレベーターがあっても「かいだんだよ。かいだん、あがろうね。エレベーターはベビーカーの赤ちゃんがつかうんだよね。でも、じいちゃんとばあちゃんがきたときは、ボクたちもいっしょにのるよね」。

驚いたのは昨夜の言葉。
「あのさー、あした、おやすみでしょ? だからさ、きょうはシャワーだけにしようよ。そうしたら、そのあいだに、おふろのおゆでせんたくできるでしょ? ボクたちがおふろにはいるとおゆ、すてなきゃなんないもん。よるにせんたくしてほしたら、あした、すぐにおでかけできるからさ」

「シャワーでお湯と入浴時間の節約+残り湯の使い回し+翌朝のお出かけが早くできる」で3拍子揃った最高の提案。
「ね? いいかんがえでしょ?」と私の顔を見て、ムスコは自分の提案に誇らしげでした(笑い)

まだまだ子どもだと思っていましたが、4歳は4歳なりに世の中をとらえていて、「自分ができること」を考えているのですね。
親バカですが、感動してしまいました。

「子どもは親の背中を見て育つ」っていうのはほんとうですね。
口うるさく叱るより、大人がやって見せるほうが子どもの心に刻まれるのだとしみじみ思いました。
親はもちろんのこと、保育園の先生たち、お迎えに来る保護者たち、近所を歩いている大人たちは「いつも子どもに見られている」と思いながら、丁寧に暮し、理性的な発言をしていかなくてはいけないですね。

子どもの純粋さを逆手にとって、原発の副読本を小中学生に配って「英才教育」が行われていたんですよね。
こういう「英才教育」の甲斐あって、島根大新入生の意識調査では原発「危険」でも「必要」と脱原発を考えない原発肯定の意識の一端が形成されるのかもしれませんね。

「洗脳」という言葉は強すぎるかもしれませんが、少なくとも原発の安全性に危機感を持たないような思想統制は行われてきたと感じます。
だからこそ、私たちは少しずつでも自分の意志で変わろうとし、自分の足で一歩ずつ歩いて行かないといけないですよね。
未来は誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで作って行くものですから。

そんなことをつらつら考えつつ、できるだけ東京電力から電気を「買わない」ようにしています。
悪いメーカーの商品は買わないで良い商品を選ぶということが通常だったらできますが、電力会社は独占企業で消費者が選ぶことはできないので、私ができる範囲での意思表示は「電気の不買」かな、と思いまして。

「節電」という言い方は消費者が自発的に協力してみんなの心がひとつになっているようで嬉しくなる表現ですよね。
今の私としては、利益のために原発を推進し、危機管理をまったくしてこなかった電力会社への怒りの思いを込めて「不買」と言いたい!
でも、「節電」も「不買」も結果としては「電力消費量を減らす」ということなので同じですけどね(笑い)

買うのをゼロにはできないですが、少しでも減らしたい。
だって、支払った電気料金が電力会社の利益となる上、原発をどんどん作る口実になりますから。

東京電力は契約アンペアによって基本料金が変わり、なおかつ使用量が多くなればなるほど高くなるというシステムなので、契約アンペア数を減らすと料金が下がります。
そして、その少なくした契約アンペア数内で電力使用量以内におさまるよう生活することで、電気とお金の節約になるんですよ♪
電気料金の節約基本テクニックがとても参考になります!

東京電力エリアの推測電気使用率は、いわば、天気予報の電気版。
みんなで使用電気量を減らすと数字が変化します。
「おおっ、減ってる、減ってる♪」と他の人たちとの連帯感を持てて楽しいですよ~。

楽しみつつ、電気をできるだけ買わない生活をしていきましょう♪

こちらは、食べる楽しみです。
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2011.04.28 (Thu)

みんなで一緒に♪

昨日に引き続き、今日も映画の話でスミマセン。
今日の話題は、2003年に公開された映画東京原発という「猛毒パニック・サスペンス・エンタテインメント」です(←すごいキャッチコピーですね。笑い)

「東京に原発を誘致する!」
天馬都知事の爆弾発言に都庁はパニックに陥った。推進派、反対派それぞれのもっともらしい意見が入り乱れて議論が白熱する中、強引に原発誘致を推し進めようとする都知事の真の狙いが明らかになる……というストーリーです。
役所広司や段田安則、平田満、吉田日出子など、演技派の俳優たちが出演しています。

公開当時はそれほど話題になったという記憶はないのですが、原発事故を経験した今、見ると、台詞のひとつひとつがものすごく奥深いです。
コレ、現代原子力の基礎知識を学ぶための教育エンタテインメント映画ですか!?って感じ。

まず、ありがたいのは、ニュースで毎日聞いている原発関連の用語のほとんどが盛り込まれていること。
そして、日本各地にある原発の危険性や、使用済み核燃料の何が問題なのか、これだけ原発が作られてきた背景にはどんなカラクリがあるのかといったことも、とにかく「原発の基礎知識」がどんどん頭に入ってきます。
原発があると何がイケナイのか、どんなに簡単に情報操作されるかということも。
それを実力派俳優たちが普通の会話みたいに盛り込んでいるのがスバラシイ!

難しい数字も科学の理論がなくても、「ヘンだよね、なにかオカシイよね」と心に響いてきます。
私、正直言って、「頭で理解する」ことよりも「心で理解する」ほうが大切だと思うんですよね。
特に、命に関わることは。

『東京原発』は、まず、楽しみながら原子力の基礎知識を得られるのがありがたい。そして、私の心が警鐘を鳴らすキッカケになるのもありがたい。
理由はわからないけど、「ん? これってヘンな気がするぞ」とひっかかった台詞や場面を覚えておいて、あとでネットで調べてみたら、ビックリ仰天の行政と地元のやり取りや専門家の「安全神話」があったりして、「まずいよ、まずいよ」って心臓がバクバクしたりしました。
知らないって、怖いねぇ……。

Youtubeに『東京原発』が1~8まで分割してアップロードされています。
それぞれが15分くらいなので、「NHK朝の連ドラ」くらいの軽いノリで見ることができます♪

映画『東京原発』01
映画『東京原発』02
映画『東京原発』03
映画『東京原発』04
映画『東京原発』05
映画『東京原発』06
映画『東京原発』07
映画『東京原発』08

映画の中で、原発はどこに作るのか?と問われ、都知事が「目の前だ」と言って東京都庁の前にある新宿中央公園を指差すシーンがあるのですが、その猪突猛進ぶりや、「原発がイヤなら電気なんか使うな!」って叫ぶあたり、この知事の発言を連想しちゃいました(笑い)
『東京原発』の主人公の天馬都知事のように「都民の危機感をあおり、否応なしに原発への議論を高めるため」の逆手の政策ならいいですけど、そんな高い志しで発言してるかなぁ、暴言の前科ありすぎだしなぁ……。
同じ猪突猛進でも「原発の新設やめる」と方針を示した知事もいるのにね。

ふたりの知事ともに有言実行かどうかは別として、少なくとも「原子力に関する日本人の独特のセンチメントがある。風車とか太陽光とか言うのはやさしいが、今の日本経済を支える電力の供給はできっこない」と他人のことを批判なんぞしていないで、日本で一番電力を消費している東京のエネルギー政策を変えようよ、ねえ!
福島第一原発事故の対策本部を訪れ、福島県知事と会談した後まで「私は原発推進論者です、今でも。日本のような資源のない国で原発を欠かしてしまったら経済は立っていかないと思う」と発言するほどの原発への狂信はオカシイとそろそろ気付いてよぉ(号泣)

気持ちをとりなおして。
福島第一原発事故が起こってしまった今、ぜひとも『東京原発』を地上波で放映してほしいです!!
とっても、とってもいい映画です♪

このところ思うのですが、命のリスクを「想定外」にして原発を推進するのは大罪ですが、原子力やその関連施設の存在を知ろうとしないことも罪なのではないでしょうか。
というのも、私は『東京原発』が上映された2003年なんて、日本の原子力エネルギーのことを真剣に考えてなかったし(←大学教授とチェルノブイリの初歩的な勉強会もしていたのに、他人事だった。恥)、環境のことをうわべだけでなく真剣に考えるようになったのはムスコが生まれ、アトピーと食物アレルギーがあったことが発覚してからですもん。
今考えると、どうしてあんなに「日本はチェルノブイリとは違うから、絶対安全」なんていう原発推進のお偉方の言葉を鵜呑みにできたのか、不思議に思うほどです。
やっぱり、頭じゃなくて、心で理解しないとダメですね……。

すべては知ることから始まるし、いつ知っても遅すぎるということはないですから、ぜひぜひ見てください♪


こちらも、別な意味で「一緒がいいね!」の話です。

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2011.04.27 (Wed)

素晴しすぎて吐きそうになった、放射性廃棄物の映画

『100,000年後の安全』という映画をご存知でしょうか?

マイケル・マドセン監督が自らが高レベル放射性廃棄物永久地層処分場に入って撮影した映画なのですが、シュールレアリズムのアートフィルムのように非常に美しくて、背筋が凍り付きそうなほど怖いです。
見ている間、あまりの恐怖に私は何度も吐き気を催しました。

『100,000年後の安全』には衝撃的な映像や、不安をあおるような映像は何もありません。
なのに、厳重に管理された無機質な施設や無表情な専門家たちの顔が、じわじわと足元からはい上がってくるような恐怖の念を呼び起こすのです。
この「100,000年」という期間は、放射性廃棄物が生物にとって無害になるためにかかるであろうと推定される最短の期間です。

蒼い月が輝く夜に美しく咲き誇る桜の木を見ていると「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という梶井基次郎の桜の樹の下にはの一節を思い出しますが、『100,000年後の安全』には、「放射線」という花が未来永劫にわたる人間の命を担保にしてきた美しく咲き誇ってきた狂信をえぐり出すような悲壮感があります。

日々、世界中の原子力発電所から大量の放射性廃棄物が排出されており、推定でその量は25万トンにも達します。
その廃棄物をいかに「処分」すべきかの議論は行われていますが、どの国も処分に成功した国はどこもありません。
日本では、放射性廃棄物は六ヶ所村などで「保管」されています。

地上で「保管」している限り、地震、戦争などによって、いつ放射性物質が漏洩することになるかわかりません。
その危険性を回避すべく、地上からなんとか放射性物質を移動させようと、世界各国の専門家たちが知恵を絞ってきました。
ロケットに放射性廃棄物を乗せて太陽に打ち込む(ロケットが爆発したら?)、海底深くに埋める(放射性廃棄物の容器が破損したら?)……どれも「人類滅亡」という甚大すぎるリスクのため、見送られてきました。

そんな折、フィンランドで世界初の高レベル放射性廃棄物を「100,000年」保持するため、巨大な永久地層処分場を2100年までに完成させるプロジェクトが始動しました。
固い岩盤を地下深く掘り進めて高レベル放射性廃棄物を「捨てる」ための地下都市を作り、そこを掘り進める以前と同じ姿に埋め戻そうというものです。

プロジェクトの願いは、地下に高レベル放射性廃棄物が保持されていることを忘れ、地上では人や動物が普通に暮らしてほしい……。

地下に地球上の生き物すべてが何度も滅亡するほどの放射性廃棄物があるのに、その上で命の営みが続くという構図を想像すると、非現実さと絶望感に胃がむかむかしてきます。

私たち現代人はエジプトで王家の墓を見つけ発掘調査を行いました。
発掘現場での事故死などがあるたびに「王家の呪い」などと囁かれながらも、今なお貴重な発見があることを期待して、さらに発掘作業を進めていますよね。
未来の人間が永久処分場の存在に気付いて「発掘」したとしたら一瞬にして世界は崩壊するのに、その「発掘」するリスクを内包したままプロジェクトは進んでいます。

プロジェクトにかかわる専門家たちの意見をコラージュのように映画の中でとりあげています。
しかし、途中で用いる言葉は違えども、最終的にみんなの行き着くところは同じ。
「100,000年後の安全はわからない。幸運を祈ろう」。

放射線が発見されて、たった100年ほど。
その強大なエネルギーに魅せられて人間はリスクを省みずにどんどん利用をして核兵器まで作り出し、日常的には原子力エネルギーによる発電を行い、自分たちの手に負えないほどの放射性廃棄物を生み出してしまいました。
放射性廃棄物がどんどん増えて行く一方で、原子力エネルギーの原料となるウランの埋蔵量はあと100年分あるかどうかであり、石油と同じように枯渇します。

今、行われているような原発に関する議論は、枯渇性エネルギー問題の結論を先送りすることでしかありません。
そもそも原子力は化石燃料と同じようになくなっていきます。
真剣に、枯渇性エネルギー依存への脱却を前提とした再生可能エネルギーのあり方を考えるべきです。
私たちは原発がなくてもいいライフスタイルを考えなくてはならないと思います。

人間には「絶対に安全」なんて言い切れるようなものは何一つありません。

私が願うのは、ただ一つ。
何十年も、何百年も、何千年も、生き物が暮らせないような「死の場所」が生じない「普通の生活」です。
大切な人たちと笑顔で過ごせる時間と命を脅かされない場所がほしいという希望は、人知を超えたところまで踏み込んでしまった人類にとって、もはや高望みなのでしょうか?

100,000年の安全(日本公開版予告編)
100,000年後の安全(オリジナル予告編)

両方の予告を見ていただいたほうが、この映画のイメージがつかみやすいかと思います。
当初、上映館は非常に少なかったのですが、日本各地で上映予定です。
1時間ちょっとの映画ですので、もしお近くで上映される際には、ぜひご覧になってください。

こちらもご都合の合う方はぜひ!

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